星野道夫というひと
私は彼について一言で表す言葉を知らない。
彼が紡ぐ写真も文章も、「こうである」と語ることがどうしてもできない。
彼が過ごしたアラスカという地を通して、地球上にあるすべてのものの本質を、じっくりと時間をかけて、様々な語り口で、彼自身の言葉と、時には写真で時には誰かの言葉を借りて、ゆっくりゆっくりと人の心に浸透させてくれるものが、彼の作品であり、彼そのものだったような気がする。
彼の文章はたとえそこに行けなくても古いエスキモーに会えなくても彼の文章を読む事で知り得る叡智に満ちている。
たとえそこにいなくても、今この瞬間にもどこかでクジラが飛び上がっていることを想像してみる。何ヶ月も何年も自分以外の人間に会うことなく自然の中で暮らしている人がいることを想像してみる。
彼の肉体はすでにないが、彼や彼が出会ったたくさんの人が、アラスカの地のどこかでツンドラの栄養になりまだまだ長い旅の途中であることを想像してみる。
ものすごく満ち足りた想像だ。